◇「ボリス・ゴドゥノフ」第4幕のあらすじ◇
文中、この色で表示されておりますのは、オペラの中の主要人物でございます。

最後の幕は3つの場からできております。

第1場はモスクワの赤の広場、聖ヴァシーリー寺院の前でございます。

飢えた民衆が集まり、モスクワに迫りつつあるディミトリーの噂をしております。
みすぼらしい姿の愚者が、ロシアの不吉な運命を予言する歌を歌います。
ここで「愚者」と申しますのは、字義通りのアホというわけではございません。ロシアでは昔から、癲癇もちや知的障害者を神の言葉を語る者として一目置く伝統がありましたようで、「聖愚者」と訳す場合もございます。

やがて、礼拝を終えたボリスご一行様が登場しますと、民衆はボリスに向かって食べ物をお恵み下さい、と哀願いたします。
ボリス愚者に語りかけ、「余のために祈ってくれ」と頼みますが、愚者の返事は「あんたのためには祈れねぇだ」と冷淡なもの。
ロシアの暗い行く末を歌う愚者の悲歌とともに、幕となります。

第2場はクレムリン宮殿内の広間。

貴族たちが集まって、反乱軍への対処を話し合っておりますと、シュイスキー公が入ってきて、「陛下がご乱心召された」と告げます。
一同が驚くところへ、取り乱した様子でボリス登場。どうやらディミトリーの亡霊を追い払おうとしているようでございますが、ふと我に返り、貴族たちに会議を続けるよう命じます。

するとシュイスキー公が「陛下に拝謁を願う者が来ております」と告げます。聞けば高徳の僧侶ということなので、そういう人物と語り合えば心が安らぐかもしれぬと思ったボリス、面会を許します。

入ってまいりましたのは、なんとあの高僧ピーメンでございます。年代記の中にボリスの悪行を記したピーメン、いったい何の用があってやって来たのでありましょうか?
ピーメンが語り始めたのは、ある盲目の羊飼いの物語でございました。

「子どもの頃に視力を失った羊飼いの老人が、ある日、不思議な子どもの声に導かれ、はるか遠くへ旅に出た。ようやくたどり着いた場所にはひとつの墓があり、その前に立ったとき、羊飼いの目からおびただしい涙が流れ、そして目が見えるようになった。感謝の心で羊飼いは墓を礼拝した。それは、皇太子ディミトリーの墓だった……」

そこまで聞いたボリスは激しい呼吸困難に陥って倒れ、息子フョードルを呼んで後のことを託し、この世に別れを告げます。
鐘の音が重々しく響き、一同の見守る中、ボリスは息を引きとるのでございます。

いよいよ最後の場面、第3場でございます。場所はクロームィ近郊の森。

ディミトリーの進軍に呼応して蜂起した農民たちが大騒ぎしております。
農民たちは捕虜にした貴族フルシチョフをからかいますが、ここで歌われる「大空に鷹は飛ばず、野に駿馬は走らず」は、一度聴いたら忘れられないほど印象的な合唱曲でございます。

どこでどう合流したものか、二人の破戒僧ワルラームミサイールもこの一揆に参加しておりまして、しきりに農民たちを扇動いたします。
民衆の興奮が高まったところへ、ジェスイット僧のヴィツキーチェル二コフスキーディミトリーを讃えながら登場。オピニオン・リーダー的地位を奪われるのを恐れたワルラームミサイールの扇動で、二人のジェスイット僧は袋叩きの目に遭いかねない状況でございます。

そこへ、馬上豊かにディミトリー登場。マリーナの喝入れが効いたのか、とても偽皇太子とは思えない役者ぶりでございます。ディミトリーは「我こそは真のロシア皇帝なり、いざモスクワへ往かん!」と叫び、民衆は歓呼してディミトリーの後に続きます。

祭りのあとのような森の中に独り残ったのは愚者。「流れろ、苦い涙よ、正教徒よ、泣け。もうすぐもっと暗くなる、真っ暗になっちまう……」という愚者の悲歌とともに、オペラ「ボリス・ゴドゥノフ」全曲の幕が下りるのでございます。

(2004.4.8〜2010.12.30/Jun-T)
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