◇「ボリス・ゴドゥノフ」異版あれこれ◇
文中、この色で表示されております部分は、なんとなくでございますm(__)m

ムソルグスキーはその短い生涯にいくつかのオペラを手がけましたが、完成いたしましたのはこの「ボリス・ゴドゥノフ」のみでございます。その「ボリス」も、決してスムーズに出来上がったのではございません。

ムソルグスキーがこのオペラに取り組み始めたのは1868年10月で、プーシキンの戯曲「ボリス・ゴドゥノフ」とカラムジンの「ロシア国史」をもとに自ら台本を書き、4部7場のオペラとしてひとまず完成したのは1869年の12月でございます。
このときの構成は、以下のようになっておりました。

<第1部>
第1場:ノヴォデヴィチ修道院の裏庭
第2場:戴冠式

<第2部>
第1場:チュードヴォ修道院の僧房
第2場:リトアニア国境近くの居酒屋

<第3部>
クレムリン宮殿内のボリスの居間

<第4部>
第1場:聖ヴァシーリー寺院前
第2場:クレムリン宮殿内の広間・ボリスの死

さて、完成したスコアをペテルブルクのマリーンスキー劇場に提出したところ、このオペラは「ストーリーが重すぎる上に音楽は常識はずれ」、さらに悪いことには「オペラの華ともいうべきプリマドンナの出番が全然ないじゃないかゴルア!」という理由で上演を拒否されてしまいます。

オペラは上演されてなんぼのものでございますから、さすがのムソルグスキーもある程度譲歩、1871年から72年にかけて大幅に手を入れました。今度は女声に活躍の場を与え、ひたすら暗いだけの「聖ヴァシーリー寺院前」の場を削除し、かわりにもっと派手な「クロームィ近郊の森」の場面を加えることにいたします。
その結果、やっと1874年になって、この作品は2場のプロローグ付き4幕7場のオペラとして、めでたくマリーンスキー劇場で全曲の初演が行われたのでございました。
これが今日「原典版」と称されているものでして、その構成は次のようでございます。

<プロローグ>
第1場:ノヴォデヴィチ修道院の裏庭
第2場:戴冠式

<第1幕>
第1場:チュードヴォ修道院の僧房
第2場:リトアニア国境近くの居酒屋(宿屋の女主人の歌を追加)

<第2幕>
クレムリン宮殿内のボリスの居間(冒頭部分に女声用の歌を追加)

<第3幕>
第1場:ムニシェック城内、マリーナの化粧室(新規追加)
第2場:ムニシェック城内の庭園、泉のほとり(新規追加)

<第4幕>
第1場:クレムリン宮殿内の広間・ボリスの死(最終場から移動)
第2場:クロームィ近郊の森(新規追加)

この「原典版」が1869年版ともっとも異なるのは、オペラが「ボリスの死」で終わらない点でございましょう。ボリスの運命に焦点を当てたのが最初の版だとすれば、この「原典版」では、オペラの重心が民衆を中心としたロシアそのものに移っていると申せるかもしれません。

苦労の甲斐あってやっと上演され、それなりの成功を収めたにもかかわらず、やがて「ボリス」は忘れ去られてしまいます。

ちなみに、ムソルグスキーはもともと貴族の出身でございまして、本来ならば領地からの上がりでラクに食っていける結構な身分だったはずなのですが、農奴解放の際に自分の領地を気前よく小作人たちに分配した結果、ほぼ無一文に近い境遇に立ち至ったんだそうでございます。
ムソルグスキー自身は陸軍士官でありましたが、音楽に専心するため早い時期から軍を退職しており、音楽では食べていけないので、生活のために役所に勤めたりいたしましたが、次第に酒に溺れるようになってまいります。
40歳の頃には役所も辞めてしまい、友人たちに生活費を援助してもらってどうにかその日を送る有様となりました。
まもなく健康を害したムソルグスキーは病院に入院いたしますが、それでも人生最後の情熱を2つのオペラ「ソロチンツィの定期市」「ホヴァンシチーナ」に傾けます。なんですか、たいへん感動的でございますね(>_<)
そして1881年3月28日(ロシア暦3月16日)――2つの未完のオペラを残し、この酒臭い天才は42歳という若さでこの世を去ったのでございます。

さて、ふたたび「ボリス」が甦ったのは、初演からなんと32年も経過した1906年のことでありました。
ムソルグスキーの旧友、リムスキー=コルサコフの手によって「ボリス」は新たにオーケストレーションを施され、見違えるように豊麗なオペラとして観客の前に姿を現すのでございます。やはり、持つべきものは友でございますね。
このリムスキー=コルサコフ版は、主演にシャリアピンを迎えたこともあり、1908年のパリ公演で大成功を収め、「ボリス」はロシア・オペラの最高傑作のひとつという評価を不動のものにいたしました。

リムスキー=コルサコフ版では、第4幕の第1場と第2場の順番が「原典版」と逆になっております。つまり、「ボリスの死」を最後にもってきたわけでございますね。このため、ドラマの焦点がボリスに絞られる形になっておりまして、オペラとしては「原典版」よりきれいにまとまっていると申せましょう。
また、管弦楽法の大家リムスキー=コルサコフによるオーケストレーションの効果は絶大でございまして、以後「ボリス」といえばこのリムスキー版を指すのがあたりまえ、という時代が長く続きます。

しかしながら、好事魔多し、驕れる者は久しからず、などと申します。時代とともにムソルグスキー研究も進み、どうもリムスキー=コルサコフ版ムソルグスキーの意図を捻じ曲げてるんじゃなかろうか、という意見がだんだん大きくなってまいります。

実は、こういう意見はかなり以前からございまして、リムスキー=コルサコフが最初に「ボリス」の改訂版を出したのは1896年なのですが、そのときも一部から「ムソルグスキーの意図を損なっている」という批判を受け、それに応える形で再改訂したものが1906年のリムスキー=コルサコフ版だったのでございます。

この人の補作のおかげで「ボリス」は世紀の傑作の地位を獲得したのに、オペラがレパートリーに定着した今になって、掌を返したように陰の功労者リムスキー=コルサコフを非難するとは、世間とはまことに移り気なものでございます。とはいえ、リムスキー=コルサコフが「ボリス」に施した改訂はたいへんに大規模なものであったことは事実でして、いったいもとの形はどんなものだったのか、いっぺん聴いてみたい、という興味が湧くことも否定できないのでございますね。

こうしてムソルグスキー自身の「原典版」が不死鳥のように甦ります。しかしながら、この不死鳥はやや華に乏しい不死鳥でありまして、「リムスキー=コルサコフ版」に馴染んだ耳で聴きますと、いささか貧乏臭く響いたようでございます。
そこでボリショイ歌劇場は大作曲家ショスタコーヴィチに、原典を損なわず、しかも演奏効果の上がるような管弦楽化、というまことに虫のいい依頼をいたします。この依頼に応じてできたのが1940年のショスタコーヴィチ版でして、最近ではこの版によるCDや上演も少なくないようでございます。
ショスタコーヴィチ版では、原典版からリムスキー=コルサコフが削除した部分も復活させられておりまして、たとえばプロローグの第1場など、リムスキー=コルサコフ版に馴染んでおられる方にとりましては、終るべきところで曲が終わらず、なんだか蛇足のようにまだ音楽が続くという、たいへん違和感のある体験を楽しめますm(__)m

さて、ショスタコーヴィチに改訂を依頼しておきながら、当のボリショイ歌劇場は出来が気に入らなかったのだかどうだか存じませんが、ショスタコーヴィチ版を使わず、ボリショイ版なるものを発明いたしました。これはリムスキー=コルサコフ版をベースにしておりまして、それにムソルグスキー自身の削除した「聖ヴァシーリー寺院前」の場を加えたものでございます。ショスタコーヴィチ版の構成が原典版にほぼ従っているのに対しまして、ボリショイ版の場合は次のようになっております。

<プロローグ>
第1場:ノヴォデヴィチ修道院の裏庭
第2場:戴冠式

<第1幕>
第1場:チュードヴォ修道院の僧房
第2場:リトアニア国境近くの居酒屋

<第2幕>
クレムリン宮殿内のボリスの居間

<第3幕>
第1場:ムニシェック城内の庭園、泉のほとり(第2場から第1場へ移動)
第2場:聖ヴァシーリー寺院前(新規追加・第4幕第1場になることも)

<第4幕>
第1場:クロームィ近郊の森(第2場から移動)
第2場:クレムリン宮殿内の広間・ボリスの死(第1場から移動)

おわかりのように、第3幕から「マリーナの化粧室」の場面が削除され、さらに「ボリスの死」が最後に来ております。オーケストレーションはリムスキー=コルサコフのものですが、「聖ヴァシーリー寺院前」だけはリムスキー=コルサコフ版にございませんので、組曲「コーカサスの風景」で有名なイッポリトフ=イヴァーノフの編曲を使っております。

私の「ボリス」初体験は教育テレビで放送されましたボリショイ歌劇場の公演でございますが、なにぶんまだお子ちゃまの時のことで、細かいところまでは記憶にございません。が、最後が「ボリスの死」で終っておりましたので、おそらくボリショイ版による公演であったかと推察されます。
その後数年経ってから購入いたしました輸入盤全曲もボリショイ歌劇場のものでございましたが、どういうものかボリショイ版では削除されているはずの「マリーナの化粧室」がちゃっかり入っておりまして、いわば完全版とでも申すべきたいへんお得な構成になっておりました。

<プロローグ>
第1場:ノヴォデヴィチ修道院の裏庭
第2場:戴冠式

<第1幕>
第1場:チュードヴォ修道院の僧房
第2場:リトアニア国境近くの居酒屋

<第2幕>
クレムリン宮殿内のボリスの居間

<第3幕>
第1場:ムニシェック城内、マリーナの化粧室
第2場:ムニシェック城内の庭園、泉のほとり

<第4幕>
第1場:聖ヴァシーリー寺院前
第2場:クロームィ近郊の森
第3場:クレムリン宮殿内の広間・ボリスの死

ご覧のように、ムソルグスキーの作曲したすべての場面をもれなく聴くことのできるすぐれものでございます。しかも、オーケストレーションはリムスキー=コルサコフ(+イッポリトフ=イヴァーノフ)でございますから、それはもう絢爛たる絵巻物でございまして、水もしたたるいいオペラとなっております。購入当時は、狂ったように毎日聴きまくったものでございました。若さとは、まさに疾風怒濤でございますね^^
最後の場面は「ボリスの死」でなく「クロームィ近郊の森」で終わるべきだと現在では思っておりますが、それでも私にとりましては、この完全版「ボリス」のひとつの理想形なのでございます。

(追記)
最近のCDや公演では、原典版に基いた版やショスタコーヴィチ版が用いられるのが主流のようでございます。これらを聴きますと、いかにリムスキー=コルサコフのオーケストレーションがムソルグスキーの原作からかけ離れているかを実感できて、たいへん興味深いのですが、個人的にはリムスキー=コルサコフの管弦楽の魅力にも捨てがたいものがございます。

そのようなわけで、当音楽館で細々とやっております「ボリス」の連弾用編曲は、リムスキー=コルサコフ版を基にしております。
まぁ、それしか楽譜を持っていないというのが正直な話なのでございますがm(__)m

(2004.1.1/Jun-T)
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