ブルッフは19世紀後半の一時期、ドイツの作曲家としてはブラームスと並ぶ人物とまで高い評価を受けておりましたが、20世紀に入ると名声は衰え始め、没後はほとんど忘れられた作曲家の一人となりました。しかしながら、少なくとも2つの作品、ヴァイオリン協奏曲第1番と「スコットランド幻想曲」は今日も生き残り、とりわけ前者に関しては、音楽史上もっとも有名なヴァイオリン協奏曲のひとつとして演奏され続けております。
ヴァイオリン協奏曲第1番は1864年、26歳の年に着手、1866年に書き上げました。初演は成功しましたが、作品の出来に不満を感じたブルッフは、ヨアヒム(Joseph Joachim;1831~1907)の助言を受けながら大規模な改訂を施し、1868年に現行の形で完成しました。
ヨアヒムの独奏による改訂版の初演は大成功。以後、この曲は世界中でしばしば演奏され、今日に至るまで高い人気を保っております。
ただし、ブルッフ自身は時とともにこの曲ばかりが称賛されることが不愉快になり、出版社に宛てた手紙では「ドイツのヴァイオリニストの多くは愚かです。誰も彼もが私の第1協奏曲の演奏許可を求めますが、私は協奏曲をこれしか書いていないのですか?他の協奏曲(第2、第3)も、第1に劣らないというのに」と書いております。残念ながら、ブルッフの不満が解決されることはなかったのですが。
第1ヴァイオリン協奏曲は特殊な構造をもっております。3つの楽章で構成されてはおりますが、従来の協奏曲と異なり、冒頭楽章が比較的短く、第2楽章と接続されております。
19世紀ロマン派の協奏曲では、メンデルスゾーンのような全曲連続型やシューマンに見られる第2楽章と終楽章の連続型は珍しくありませんが、冒頭楽章と第2楽章の連続型というのは希少で、著名な作品としてはドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲くらいしか思いつきません。ドヴォルザークの作品は明らかにブルッフに倣っており、この路線の嚆矢はブルッフと考えてほぼ間違いなさそうです。
さて、最初の2つの楽章を接続するとなると、第1楽章が古典的協奏曲のような大規模なものでは演奏時間の上で不都合となります。
ブルッフの第1楽章は「前奏曲」と名付けられ、ソナタ形式を骨組みとした簡潔な構造になっております。第2主題に相当する部分が再現されず、ただちに第2楽章に続きます。
第2楽章と第3楽章は比較的通常の形式で、構造上の新味はありませんが、旋律的な魅力が大きく、この協奏曲が親しまれている最大の要因となっております。
ここでは、この作品をピアノ連弾の形に編曲してみました。多少なりともお楽しみいただければ幸甚でございます。